2018年10月21日 (日)

おくのほそ道をたどる~旅立ち~

まずは、芭蕉の旅立ちに合わせて降りたのは

Dsc04161日暮里駅です。
旅立ちの場所は別の場所。
どうして、わざわざこの駅で降りたのかというと
旅立ちに
「上野谷中の花の梢」
という一節が出てくるからなのです。
なぜ、わざわざおくのほそ道に
関係のない地名を忍ばせたのか。
思うに、この話は
江戸に住んでいる人を読み手として想定したのではないかと思うのです。
だからこそ、江戸の人に良く知られた地名を書いておくことにより紀行文を身近に感じてもらい、
さらに、日常の地名を入れることにより旅という非日常をより際立たせることが出来たのではないかと思うのです。
谷中は日暮里からすぐそばにあります。
すぐに谷中霊園にあたるのですが、その霊園のわきに幸田露伴の住居跡があります。
ここから見えた五重塔をモチーフに『五重塔』を書き上げたと言われていますが
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今は何も見えません。それもそのはず
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昭和32(1957)年に放火心中があり、燃えてしまったのです…。
Dsc04166事務所には五重塔の模型があります。
大きく立派な五重塔だったようですね。
これが燃えてしまうなんて
放火心中コワイcrying
建てられたのは正保元(1644)年なので、
芭蕉もおそらくこの五重塔を眺めていたのだろうと思います。
もっとも幸田露伴が書いている通り明和9(1772)年に建て替えているため全く同じではないかもしれませんが…。
さて、谷中霊園は様々な宗派の人の墓があり、神道などの墓もあります。
徳川慶喜の墓もここで眠っています。
行くときに恒例の夫婦のご主人が
「テレビで見たよっていうんだ」と
話していましたが、それは徳川慶喜ではなくてモックンなのでは…。
イツチヤダメbearing
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徳川家は代々仏教徒ですが、ここでは儒式で祭られています。
林家墓地はちょっと手入れが十分ではないように感じましたが
ここでは本来の儒式の墓の様子がわかりますね。
まあ、このあたりは無論江戸時代にはなかったわけで次に進みます。
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以前から行きたかった笹乃雪へ。
元禄年間からあったということで、おくのほそ道を旅したころから存在する
貴重な老舗です。
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餡掛け豆腐がこのお店の名物。
餡がさらりとしておいしいです。
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茶粥がおいしかった。
江戸時代からの変わらぬ味だと思います。
忠八めしを思い出しました。
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上野をめぐり、いよいよ千住へ。
さて、千住についてはおくのほそ道では次のように書かれています。
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意外と簡潔にしか書かれていないのですよね。
行く春や 鳥啼き魚の 目は涙
という歌が記憶に残っていましたが。
そのために川の岸の手前か奥かでもめています。
なぜなら…手前が荒川区で奥が足立区・・・だからなのですね。
さて初めは南千住。
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南千住のロータリーにしっかりと立っています。
見据えているのは千住大橋でしょうか。
ちょっと若々しく、たれ目が現首相に似ている感じも・・・。
素戔嗚神社にも寄ってみました。
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うん?笠と杖が…。
なんと松尾芭蕉の書置きがありました。
「こんにちは 松尾芭蕉です」
・・・カルイcoldsweats01
ここでは7日逗留したという説を取っているようですね。
これは曽良の日記から生まれたものでしたが、
実際は誤記であったとの説が通説です。
その日のうちに春日部まで向かったということになっているようですね。
とはいえ、笠と杖が残されているというのは遊び心があってとても好きです。
おくのほそ道はフィクションが多分に交じっている旅行記ですから、
寄っていったとしたって十分よいのではないかと個人的には思うのですが。
さて、先に進むと
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見えてきました。千住大橋。
以前隅田川にかかっていた橋はこの橋だけだったということで
「大橋」
とよばれていたそうです。鉄橋のプレートに名残がありますね。
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船で降りたあたりに矢立初めの地という石碑が…。
そしてそこから進んだ足立市場に
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北千住側の松尾芭蕉像があります。
これは、あちこちに芭蕉像ありそうですね。
あと何体見つけることができるだろう…。
基本たれ目に作られているんですね。
これは矢立を持っていてなかなか芸が細かいと思います。
一旦ここで終了。
次回はあるのか?!こうご期待。

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2018年10月13日 (土)

おくのほそ道をたどる~発端~

おくのほそ道をたどる~発端~
おくのほそ道をたどる~発端~
関東三十三ヶ所巡りをして早一年が経とうとしています。
秩父や西国巡りも考えましたが、やる気がまるででない日々…。

そんなとき、ふと
東北に行ってみたいかも
と思いました。

東北の旅文学といえば、やはり
奥のほそ道。

元禄2年(1689年)。
奥羽・東北地方から伊勢を巡る旅を書いたもの。
それは、歌枕を巡る旅であったとも言われています。
映像が無い時代、歌枕は美しい景色を広く伝え、人に旅への憧れを強めさせたアイコンだったのではないでしょうか。
そんなおくのほそ道もまた旅への憧れを強めさせるものです。
そして私も…

というわけで、今回は

『おくのほそ道』に書かれた地名を順にめぐっていく旅

です。
でも、例えば発端にかかれている白河の関など挙げているだけのものは除きます。

そう決まったらまずは、トラベラーズファクトリーで
トラベラーズノートを購入。

旅の記録を書きながら進んでいきます。

さて…どうなることやら。

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