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2006年1月

2006年1月14日 (土)

のどの奥

まいあさ、サラダボールほどあるカフェオレボールで

ミルクティーを飲んでいるのですが、

紅茶の葉がのどに引っかかって取れない・・・。

そんな日が2日ほど続いたので

ちょっとおかしい!と思って鏡を見るとのどの奥に

白いできものが・・・!

ご飯粒・・・?とも思ったのですが、うがいをしても取れないので

病院に行くと、扁桃腺に白血球が固まったもの

だったようで・・・。掃除機みたいなので取ってもらいました・・・。

新年早々・・・。

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2006年1月 8日 (日)

鈴木和成訳編『ランボー詩集』をよんでみました

突然、図書館で本が読みたくなりフランス文学を借りてきました。

でも、なかなか古典と言われる物がなくって・・・・。

個人的な意見だと思いますが、いわゆる”ベストセラー”を中心に取り扱うのは

身近な図書館ならわかりますが、大きな図書館ならどうなんだろう・・・っておもったり。

でも、そんな本を読みたいのなら自分が大学の図書館に行けばいいのか・・・。

閑話休題。

さて、今回読んだのは

海外詩文庫12『ランボー詩集』鈴木和成訳編 思潮社 1998年刊

です。

詩は今までにも何度か読んだりしましたが、小説よりも難しいと思います。

ランボーの詩よりも、プルーストの「失われた時を求めて」

のほうがよっぽど読みやすいです・・・。

それはそれとして。読んで率直に感じた感想を書いていきます。

これはあくまでも、個人的な意見です。だから、読み方や書き方は間違えているかも・・・。

その点はご了承ください。

全般的に、ランボーが言いたかったのは、虚飾の破壊だったのではないかと思う。

清廉潔白に生きていければすばらしいけど、なかなか、そうは生きてはいけない。

社会には醜い物やどろどろした物がたくさんある。

若いときは、そのような物を敏感に感じ取るけど、

年を取ってしまうと、自分の一部となり自分の中に融けてしまう。

それは、恐ろしい事なのかもしれないけど、それでも、

社会を生きていくためには、そして大人になるには必要不可欠の行為なのだとも思う。

そういう社会の醜い部分、社会には必ずある深い闇の部分を見つけ出し

反抗するの若いうちは、いくらでもあるけれどランボーはさらに一歩進んで、

その醜さを隠そうとする虚飾を描き出そうとしていたように見える。

その、最たる部分が宗教に対する反逆であったと思う。

宗教に帰依していると、ときおり、醜い部分が覆い隠されてしまう事がある。

人を昇華させていくはずの宗教はややもすれば、

自分と宗教の間だとの矛盾を消し去ろうとするあまり、醜い部分を気化してしまい

記憶の中から霧散していく事によって自分が昇華したと考える。

その誤解は自分を美化し、記憶の奥深くに横たわり、真実の上に覆い被さってしまう。

そしてさらに恐ろしい事に、霧散した醜さが自分の心に現れても、

自分が昇華した結果現れた結晶なのだと、安易に思いこませてしまう。

そして、最後には自分が全く「醜さ」は無縁なのだと本気で思いこんでしまうのである。

自分と宗教の矛盾を宗教への回帰によって克服しようとしたヴェルレーヌの勧めを

固辞したところからも、そうでありたくないという思いが強かったのだと思う。

しかし、そうなると、問題が出てくる。

デカルト以来、自己の存在意義は己から出てきた。

「我、考える。故に我あり」との言葉通り、自分は考えるから存在している。

そして、その考える自分の存在を外部から認識しうるのは

絶対的な存在である神のみであった。

しかし、宗教の中にすら闇を見いだしてしまうと、一体自分の存在をどこから知りうるのか。

それは、自分が「他者」になるしかないのである。

自分が他者になり、自分自身の闇すらもえぐり出す事によって

初めて自分の存在を理解出来るのだと思う。

ランボーの詩はその実験過程だったのではないだろうか。

つまり、自分が他者となり、自分自身を見る事により

真実を知りうる事が出来ると考えたのではないのだろうか。

そう考えると、ランボーは詩を書くために書いたのではなく、

真実をそして自分自身を知るために詩を書いたのではないかと思う。

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2006年1月 4日 (水)

やっぱり・・・。

図書館に行ってマイリマシタが、

人が多くてゆっくり本を読む状況ではありませんでした。

椅子は全ておじいさん方に占拠され

寝ていられる方もちらほら・・・。

うーむ。ま、仕方ないです。

久しぶりに本を借りて帰ってきました。

さ、本でも読もうか・・・。

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2006年1月 3日 (火)

あけましておめでとうございます

インターネットを見ていたらこんな記事に当たりました

http://www.excite.co.jp/News/bit/00091135660057.html

「中国で生まれた十二支は、日本以外にも、漢字文化圏であるアジア各地に広まっている。タイやベトナムでは、ウサギの代わりに猫が実際に十二支に入っているという。」

・・・ということは、ひょっとしたら、

私は猫年生まれだったかもっすか!?

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