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2008年4月

2008年4月30日 (水)

馬籠・妻籠をゆく 廿参:落合を抜けて

Magometumago177_3  落合の石畳にやってきました

和宮や明治天皇が通った際に、
補修した当時のままよく残っています

昔はこのように道を舗装していたのですね

今このように石畳が残されているのはここ落合と、箱根のみ。貴重ですね

耳をすませば静かな自然の音がと言いたいですが、工事現場から、大音量の歌が響いています
まぁ木挽き唄と思えば…

ここは当然ながら車は進入禁止。

歩き旅でなければなかなかMagometumago179

ここまで来られないですよね

歩きで来て良かったと思いました

たとえ、荷物が多くなっても・・・

Magometumago178 車で入り込むと、

奉行所にしょっ引かれます。

(想像)

Magometumago180深い森の中を一人静かに歩いていくと、

日常どころか、 なんだか現代からも

遠く離れた世界に来たような

気分になってしまいますね・・・

山中薬師寺は荒れ果てた印象を受け、

もの悲しさがありました

Magometumago181 医王寺です。

ここの桜はきれいでした。

県下随一といわれたのだとか

伊勢湾台風で倒されたらしく、今は二代目です。

さらに歩いていくと、

落合川にぶつかりました。Magometumago182

木曽の川はどの川も

川の音をとどろかせています・・・。

いよいよ落合宿へ・・・

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2008年4月29日 (火)

馬籠・妻籠をゆく 廿弐:国境を越えて

Magometumago173

藤村が書いた「是より北 木曽路」の石碑が

南に向かっているので、木曽路がここで終わるということです。

Magometumago174 そしてここから美濃の国

県境よりも、達成感があるような気が・・・

そして横には

Magometumago175

一里塚がありました。

うーん、昔は36町(約4キロ)を1里と定め

1里ごとにあるこの塚を

頼りに旅行をしていたのですね・・・

方向音痴のワタシならすぐに行き倒れ・・・

1町ごとに希望

Magometumago176

いよいよ落合宿へ・・・

落合の石畳を抜けていきます

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馬籠・妻籠をゆく 廿壱:馬籠の朝

遂に、馬籠を離れて

向かうは

むかうは・・・落合川!!

旅館の人に、

・・・えっ、落合川までですか?遠いですよ。

といわれましたとも

荷物だって

Magometumago166

こんなにひどいことになっておりますとも

しかし、落合川まではバスもないらしく、

距離も、前日歩いた距離の半分だし・・・と

またまた甘く見て出発してしまったのですが。

もっとも甘く見たのは距離よりも、

むしろ自分自身の方向音痴ですが・・・

そんなこんなでしゅぱぁぁぁつ!(ヤケダネ・・・)

まずたどり着いたのは、

Magometumago167

馬籠城跡です。

妻籠のように人里離れた場所でなくて良かった・・・・。

島崎藤村の祖先はここの城主になるそうです。

Magometumago168
さらに歩くと諏訪神社がありました。

横に「夜明け前」の主人公のモデルでも
あった島崎藤村の父で
ある島崎正樹の碑もあり、
奥まった神社の境内にいると何かしら、
彼の激しい思いを感じずにらいら
れないのは、
Magometumago169 穿った考えなのでしょうか。

さぁ、先に進みましょう。

さらに歩いていくと、

新茶屋にたどり着きました。

「桑の実の 木曽路 出ずれば 穂麦かな」

との子規の碑が

Magometumago170

きゃぁぁぁぁぁ

石碑の色が・・・結構痛んでいるような感じ・・・

Magometumago171 しかし、こんなに開けた場所。

たしかに、こんな開けた場所なら

一句ひらめいちゃいそうですよね

えーと、えーと

・・・さっ、次に進みましょう

芭蕉の石碑もありました。

「送られつ送りつ果ては木曽の秋」

秋という字が旧字体の「穐」のために、藤村は「蠅」にしか見えないと

「夜明け前」に書いてあるその石碑。

そうなると、江戸末期にはすでにこの石碑はあったことになります

さすが木曽路の歴史は深いです

その歌碑はコチラ!

Magometumago172

ありました・・・・けど、何となく遠くない?

拓本なんぞさせないぜという意気込みを感じますが・・。

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馬籠・妻籠をゆく 廿:馬籠に泊まる

Magometumago159

歴史ある街道のある馬籠宿。

しかし、温泉が出ないため通りすがりのお客さんが多いのでありました・・・

Magometumago160 Magometumago161_2 こんなに素敵な風景なのに・・・。

まだ早い内から、早々と店じまいをするところ

続出です。

そんななか、四方木屋さんに入りました。

Magometumago162 ここは、なんと藤村の子孫に当たる人の家で

この中でお茶をすることができるのです。

頼んだのは

Magometumago163 もちろん初恋ジュース

未だ上げそめし前髪の

甘酸っぱくておいしかったです。

その後・・・。

馬籠の宿に就寝

島崎藤村の孫が書いた絵が飾ら
れていたり、島崎藤村の詞が飾られていたり、藤村一色です。

Magometumago164 鮎の甘露煮も絶品でした。

しかし、お手洗いが水洗ではないのが

ちょっと残念・・・。

Magometumago165 でも、馬籠の春はのどかでステキでした・・・。

いよいよ残すは後一日・・・

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2008年4月27日 (日)

馬籠・妻籠をゆく 拾九:続馬籠の町をゆく

オヂサン方とそんな大立ち回りをやった後(シテナイ、シテナイ・・・)

次に向かったのは

Magometumago153

清水屋資料館です。

うん、ここならゆっくり見られそう。。。

藤村の友人である原一平の家であり、

藤村ゆかりのものから、江戸時代をさかのぼる

日用品などまで

様々な展示を見ることができます。

しかし、建物は古いので(それがよいのですが・・・)

あちこちに節穴がありそこから下の階が!

絶対ないとは思いつつ

Magometumago154

腰が引けちゃうダメな自分・・・。

外に出ると、さらに人がいっぱいになっていました

妻籠でもそうでしたが、昼頃には観光客がすごくたくさんいるんです。

また、小さな宿場町だから行く場所も固まってしまうんですよね。

荷物を観光案内所に預けて、

そんな喧噪を離れてやってきたのは

この写真を見る  永昌寺です。

人里から少し離れたこの場所は

藤村家代々菩提寺でもありました。

「夜明け前」でも「万福寺」として

登場します。もちろん向かうは

Magometumago155

藤村のお墓です。

大磯にもあるのですが、

コチラにも分骨されているの

ですねー。

Magometumago157_2

合掌・・・

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2008年4月25日 (金)

馬籠・妻籠をゆく 拾八:馬籠の町をゆく

ようやく馬籠に着きました

Magometumago138 が、ワタクシ

こんなに馬籠が坂の町だとは思いませんでした。ハイ。

Magometumago139 いや、だって宿場町だし・・・。

坂にある宿場町は

全国でも珍しいそうなのですが・・・。

横から見ると

Magometumago140

こんな感じ・・・。

妻籠から来て良かったです・・・。

馬籠には行ってまず、目にはいるのは

Magometumago141

高札場。

そりゃそうですよね。

だって、みんなに見てもらうのが目的だから・・・。

Magometumago142 しかし、町に近づくにつれ、

満開の桜が風情を残した

宿場町に花びらを

落としていく風景で、一気に旅情気分も高まります

と、ここで腹ごしらえ。

旅行の時から馬籠に来たら食べようと決めていたもの

・・・それは

Magometumago143

栗こわめしです

赤飯に甘納豆派(北海道の一部で普及)のワタシは

ゼヒゼヒ食べたい一品でした。

・・・・うまいっ

Magometumago144 ここは、藤村の「初恋」のモデルになった

おふゆさんの実家です。

おふゆさんは妻籠の脇本陣にお嫁に

いったのですね・・・。

馬籠から妻籠・・・近いけど、遠い。。。そんな感じがします

腹ごしらえをすましたら、いよいよ隣にある藤村の生家跡へ

Magometumago145

いまは、藤村記念館になっております。

Magometumago146 「夜明け前」で自分が思い浮かべていた情景と

目の前の風景を思い比べながら

あちこち歩き回りました。

Magometumago147 火事のため、当時の建物は

この離れのみ。

しかし、時代が移り変わろうとも

山河は当時のままあり続けているはずです。

また、この記念館では、島崎藤村の暖かな人間像を

紹介していたのが印象的でした。

とても、親しまれ、尊敬されているんですね~。

Magometumago152

生家跡から島崎藤村が眠っている

お寺を望むことができます。

さらに、本人が所有していた本(フランス語がたくさん!)

『破戒』などの手書きの原稿も展示されていました。

と、ふらふら歩いていたら、

大量のオヂサンの団体が!

じつは、前日の妻籠でも、大量のオヂぃサンに出くわしたのですが

「上に上っても桜ぐらいしかないんだろ。」

「そんなことよりもさ、昔このあたりは遊郭があったって」

「え、そうなのか。」

「そんなものしか興味ないだろ。」

「それがいいよな。」

だったら、夜の繁華街に行ってぼったくられてこい

と思ったのはまだ記憶に新しかった。

オヂサンがたは大声で口々に

「島崎藤村って知ってる?」

「しらねーな。」

「あれだよ、あれ『十戒』を書いた人だよ・・・あ、『破戒』だって」

「なんだか字がうまい人だな」

「あれ?見ないの?」

『だって興味ねぇもん。」

Magometumago148

・・・・・・。

・・・・・・・・・何しに来たんだ!!ジジィィィィィィィィイイイイイイ!

Magometumago149

とは、言えなかったワタシはすごすごと出て行ったのでした。

Magometumago151

・・・ところでゆとり教育の弊害ってなんだっけ・・・?

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2008年4月24日 (木)

馬籠・妻籠をゆく 拾七:あの山を越えると・・・

Magometumago135

ついに、馬籠に到着しました

あ、胸に熱いものが・・・

目の前に高く長く広がるのは恵那山です。

Magometumago136 Magometumago137

山には、島崎藤村と

彼の父である島崎正樹の石碑がありました。

「夜明け前」では悲劇的な最後を

向かえる彼ですが、

馬籠ではこのように石碑が建立されていることから

慕われていたことが分かります。

あの山を越えると、中津川。

ついに、ここまで戻ってきました。

思わず一首

恵那山の青い山際雪渓に

重ねてみるは遠きふるさと

いよいよ馬籠宿へ・・・。

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2008年4月23日 (水)

馬籠・妻籠をゆく 拾六:ピークを過ぎれば・・・

ようやく、ようやく

Magometumago122

馬籠峠にやってきました。

左手奥に見えるのが駒ヶ岳です。

Magometumago123

この日は天気が良かったので南アルプス連峰を

望むことができました

おなかが空いたので軽食を・・・。

Magometumago124 草餅を食べました。

残しておこうかとも思ったのですが、

おなかが空いていたので

すぐ食べきってしまいました。

Magometumago125 さすがに、木曽の通りともなると

句碑が多いです。

正岡子規の句碑は馬籠峠のすぐ近く。

白雲やふにゃらら若葉の三十里

えーと、ふにゃ葉、葉、は・・・・

降参してインターネットで調べたら正解は

「白雲や青葉若葉の三十里」

です

夏の青々した風景もきっとステキなのでしょうね

Magometumago126

あとは下り坂です

人生と一緒・・・

熊野神社を抜け

前方に目をやると

Magometumago127

舗装された道と民家が!

ちゃんと、旧中山道はちょっと違う色の舗装がされています。

道に迷わずに進めそうです。

このあたりは峠の集落といわれていて、島崎藤村の『夜明け前』でも

描かれています。

Magometumago128 郵便受けかと思ったらポストでした。

かわいすぎです・・・。

でも、このあたりでは大事な通信網なのでしょうね。

Magometumago129 峠の御頭の碑を抜けてさらに

歩いていくと・・・

Magometumago130 Magometumago131

十返舎一九の

句碑がありました

コレは読めましたよ。

えーと、

「渋皮の向けし女は見えねども

 栗こわめしは ここの名物」

十返舎一九といえば『東海道中膝栗毛』が有名ですが、

木曾街道も題材に取り入れられているんですね。

木曾街道が江戸時代ポピュラーだったことが

伺えます。

Magometumago132 水車小屋が見えてきました。

ここには水車塚の碑がありました。

ここで起きた水害のために

ここに住んでいた家族が犠牲になり、

たまたま難を逃れた友人のために

島崎藤村が供養した碑がここにあります。

Magometumago133 自然とともに暮らすのは

大変なことですよね。

でも、そんな自然を慈しみ

大事にした藤村のココロが見えるようです。

さて、いよいよ馬籠はもうすぐです。

Magometumago134

・・・こんどこそ?

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2008年4月22日 (火)

馬籠・妻籠をゆく 拾五:峠越え

あらすじ

馬籠・妻籠を旅するみもっち

が、初心者用の峠越えを、散歩がてらに通れると

勘違いしたみもっちはあきれるほどの普段着で

峠に臨んでしまう。

時は昼、いよいよ山頂は近づいているように思われたが・・・

Magometumago117

まだ続くのか??!

上り坂もきつくなってきました

上り下りを繰り返しながらも

次第にあがっているようです。

森の中を進んでいくと変わった木を見かけました。

Magometumago118 神居木(かもいぎ)というそうです。

山の神や天狗が住む木として

恐れられたとか

たしかに何か不思議な感じが

する木ですね

Magometumago119一石栃白木改番所跡です。

ここで、山で伐採された木を

ちゃんと許可されたものか確認していたそうです。

税関審査のような感じでしょうか。

Magometumago120 木はまさに資源であり、財産だったんですね

前にあるのはしだれ桜。

このときは、まだつぼみでした。。。

まだ、桜が咲かないほど上に上ってきたとも言えます。

ここ一石栃はちょうど馬籠と妻籠の中間

ようやく、半分来たようです。。。

にぎやかだった往来も昔の話のようですが、

だからこそ、昔の面影を今に残しているともいえますね

Magometumago121_2

馬籠峠はすぐそこまで・・・

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2008年4月21日 (月)

馬籠・妻籠をゆく 拾四:遙かなる馬籠峠

Magometumago100_2 いよいよ始まった馬籠峠越え

8キロ程度の行程になります。

整備されている道だっていうし、

初心者向けみたいだし。

なんて思ってたワタシ・・・

Magometumago101

すいません、考えが甘すぎました

10分程度ですぐに弱音を吐いてしまったワタシ。

まだまだ先は長いのに・・・。

Magometumago102 そうこうしているうちに集落が。

えっ。ここが馬籠

・・・でも、途中で何もなかったような・・。

なんて思っていたら

Magometumago103

大妻籠でした

しかも、この地図ではまだまだ始まったばかり・・・。

がんばれ自分!

Magometumago105 桃の花が咲いていて、

とてもきれいでした。

でも、この荷物さえなければ・・・

なんて後悔しても後の祭り

Magometumago106 庚申塚。

たまにこっちでも歩いていると見かける塚ですが

なんだか良く分かっていませんでした。

近くに説明書きが

庚申の日は一年に約6日ほどあり、

その日は体の中にいるといわれる「さんしの虫」が

天界に上って、天帝にその人の悪口や悪事を告げ口するので

その日は徹夜で、お経を上げたり、喋ったりして

さんしの虫が天界にあがらないようにしたそうです

・・・ああああああ

じゃぁワタシの悪事も全てとっくに天界に・・・??!

Magometumago107 先に急ぎましょう・・・。

先に進むと石畳の道が現れました。

石畳でアップダウンが激しいので

注意が必要です。

さらに国道を横切って、歴史の道へ・・・。

Magometumago108

木曽路を存分に味わうことができます。

来る人来る人みな心得ているようで、

ちゃんとリュックを背負って登山の格好です。

Magometumago109

ワタシ一人だけ買い物帰りの人の格好に・・・。

しかし、道はまだまだ続きます・・・。

Magometumago110 上ると棚田が広がっていました。

きっと気が遠くなるほど昔から

四季に合わせて移り変わる風景。

きっと秋には金の穂が首をもたげるのでしょう。

そのころにまた来たいですね

ただし荷物は少なめに・・・

Magometumago111 さてさてさらに

歩いていきます。

朝は寒かったのに、日は高く昇ってきました。

相手は山道のため、正確な場所も自分で把握しているかどうかも・・・。

こうなったら、時折見える標識と、見所が頼りなのです。

Magometumago112 倉科祖霊社です。

ここで討ち死にしてしまった倉科朝軌の

霊がまつられているとのことです。

Magometumago113 Magometumago114

女滝と男滝です。

吉川英治の『宮本武蔵』でも

舞台になっているこの滝は

昔から憩いの場だったそうです。

昔はもっと高さがあったとのことですから

大迫力に旅人はしばしば足を止めて見入っていたのでしょうね。

Magometumago115 ここまで来ると

馬籠峠までもうすぐ・・・・。

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2008年4月20日 (日)

お香な一時〜カフェタイムインセンス〜

お香な一時〜カフェタイムインセンス〜
虫の影に怯える季節になりました((((;゜Д゜)))

信州では虫よけのために夏でも囲炉裏に火を入れます。
許されるものなら、部屋で囲炉裏を焚きたい…

もちろん許されるはずないですけど(´-ω-`)

せめてとばかりに、久しぶりにお香を焚きました。
今日焚いたのはリンゴのお香。

なんだか、爽やかサ○デー♪と口ずさみたくなる懐かしい香りです。
火をつけると甘い香りが漂います。
そしてやっぱり
爽やかサ○デ〜♪

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馬籠・妻籠をゆく 拾参:馬籠峠を向かう前に

さて、いよいよ妻籠を離れることになりました。

馬籠峠を越える際には荷物を預けることができます。

妻籠の観光案内所でMagometumago097 1つあたり500円。

朝預けると、昼過ぎには到着するそうです。

峠越えをする人には必要です。

そんなこともあって

Magometumago098

こんなに身軽になりました。

しかし、観光案内所の先にはおみやげ屋さんが

あぁ、これもいいなぁ

ねずこの下駄もすてきだなぁ・・・

と思っていたら

Magometumago099

こんなことに・・・・。

・・・ま、いいかガイドブックには

「道がかなり整備されて」いて

「馬籠峠の手前にちょっと急な坂があるだけ」って

書いてあるし・・・。

が、コレこそが長い一日の始まりだった・・・

Magometumago104 妻籠のはずれにある発電所

急峻な川の流れは発電に適しているらしく

あちこちに発電所やダムがありました。

いよいよ出発。。。

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馬籠・妻籠をゆく 拾弐:妻籠の朝

妻籠の朝を迎えました。

Magometumago094

さわやかな朝です。。。

Magometumago095

いや~晴れて良かった

コレで、歩いて馬籠まで行けます

朝食です(* ̄∇ ̄*)
Magometumago096

「ふきみそです」
みその甘味とふきの苦味で
ご飯がススムクン!
おかわり
「蓮根です」
シャリシャリして
ご飯がススムクン!
「きんぴらごぼうです」
ご飯がススムクン!
「山葵なです」
ご飯がススムクン!
おかわり(*`Д´)ノ!!!
鮭もしょっぱくて
ご飯がススムクン!
海苔ももちろん
ご飯がススムクン!

朝からお腹いっぱいです。さてそろそろ出発の準備を…

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馬籠・妻籠をゆく 拾壱:妻籠の夜

食事も住んだ後、

旅館の仲居さんに

「外に出てみるとよいですよ」といわれたので、

早速外に出てみることにしました。

Magometumago091

旅館で綿入れと下駄を借りいざ外へ

Magometumago092

街灯はなく照らされているのは行灯のみ。お分かりでしょうか。

映画のセットのような情緒ある風景がほぼ一人じめ。

さらに上を見上げたら、満天の星空が(* ̄∇ ̄*)

妻籠では温泉が出ないので、泊まる人はそれほど多くないのだとか

・・・もったいない

Magometumago093

妻籠宿ねずこで歩く石畳

あんどんの明かりにつきもほころぶ

妻籠の夜は更けてゆく・・・。

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2008年4月19日 (土)

馬籠・妻籠をゆく 十:旅館に泊まる

さて、ようやくチェックインの時間になり
宿屋の中へ・・・。
Magometumago080 
さすがに朝から歩き通しで疲れました。
昔の人はこうやって旅を続けたのですね・・・。
観光というよりは、戦いに近いような気がします
Magometumago081 こうなると、宿が何よりの楽しみ
6畳の部屋です。が
布団で全てがこぢんまりとしているので
逆に広く見えます。
Magometumago084_3 
あと、お風呂とトイレは共同。
昔の旅館のイメージはあまり、水回りが
よろしくないイメージがあったのですが、
トイレはシャワー付きのトイレ
お風呂は檜風呂(非温泉)
とてもきれいでした
Magometumago085 木曽というだけあって檜風呂
しかも、家族風呂だったので
一番風呂を堪能してしまいました。
ワタシは湯あたりしてしまうタチなので
非温泉の方が好きなんです。
しかも、本当に香りがよい檜の香りが・・・。
Magometumago083 まだまだ、他の客が来る前で
ゆっくりお風呂を堪能出来ました。
歩き疲れもコレで回復
夕飯の時間になりました。
Magometumago086_2 
おおっ
この旅館は、食事に一番力を入れているそうで。
朝から歩きっぱなしでお腹が空きました。。。。

「イワナの塩焼きから先に召し上がりください」
おおっタンパクでお塩がきいていて、
これはご飯がススムクン!
おかわり

「蜂の子です」
形が…ですがしっかり佃煮の味が♪
これもご飯がススムクン!
おかわりっ

「沢蟹をそのままお召し上がりください」
しっかり味がついている♪
やっぱりご飯がススムクン!

「馬刺です」

臭みがない♪

またまたご飯がススムクン!

おかわり

「ほおばみその信州牛ステーキです」

もちろんご飯がススムクン!

おかわり

Magometumago087

おすいものです。

あっさりとしておいしくて

でもでもご飯がススムクン!!

Magometumago088

「天ぷらです」

ご飯がススムクン

「御幣餅です」これはご飯だススムクン

「おひつにご飯を足しましょうか?」いえもう!Σ( ̄□ ̄;)

Magometumago089

「もり蕎麦です」

………もう終わりだよねススムクン

「これで果物がきてすべて終了します」

Magometumago090

明日…歩けるかな?

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はやおきさん

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080419-00000052-mai-soci

最近、早起きして出勤しています

理由は電車が混んでいるから

フレッシュマンのせいでなんと電車も遅れ気味・・・

たしかに、今年はフレッシュマンが多いみたいですよ。

好景気の他に団塊の世代の退職問題もあるのでしょうね

でも、今月の初めの話。

4月に入りややコミの電車の中で

フレッシュマンくん二人がラッシュの時間に新聞

を広げて読んでいました

あんな広げ方する時点で、ラッシュ時間に乗り合わせたこと

ないことがバレバレで

すると

フレッシュマンA「オマエ、どこまで読んだ?」

フレッシュマンB「(ページを見せて)ここまで。」

との会話が

きっと、研修で「行きの電車で日経を読みなさい」なんて

いわれたのでしょうね。

でも、その言葉にぜひ

混んでいる場所での新聞の読み方とか

もっと早く出社するようにとか

入れてくれればさ・・・・・・・・・

それにさ

どうせ二人でゆっくり読んでいるんだったら

お互い別々のページを読んで

話し合った方が早いと思うよ。

フレッシャーくん・・・

とはいえ、こんなに新入社員を見たことがないワタシは

いつも目を白黒させています。

やっぱり東京ってすごいな

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2008年4月18日 (金)

と~いっく

今日、TOEICの試験結果が戻ってきました。

リスニングは調子が良かったのですが

読むのが全然ダメで、平均点を下回ってしまいました・・・。

今度は、リーディングを伸ばさないと・・・。

それから、試験中に集中力を切らして寝てしまわないように

しないと・・・(・・・ヒドイナ)

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馬籠・妻籠をゆく 九:妻籠城址にゆく

時間がたつにつれ、観光客が溢れてきました。
せっかく人の少ない場所を求めてやってきたのに・・・。

少し人が少ないところに行こうと、妻籠城址に行ってきました。

Magometumago061

妻籠は、東と西の要所だったため、伝承では

木曾義仲がこの地に城を整えていらい、長久手の戦いなどに使われたそうです。

Magometumago070

確かに人が少なかった。

と言うより、だれも居なかった…

分け入っても

Magometumago071

分け入っても

Magometumago072

山の中・・・

しかも、あるのは山道のみで標識はなし。

Magometumago073

こんな分かれ道でもどっちに行けばいいのか分からないのです。

こんなところで蜂なんて出てきたら・・・

だんだん道が見えなくなり、枕木が時々見えるのを

頼りに、木をかき分けようやく登頂しました。

Magometumago074

今はただ石碑が名前を残すのみ・・・。

Magometumago077

今は公園になっています。・・・が

Magometumago075

なんだか荒れ果てた感じが・・・

この場所は、山城特有の地の利を得た立地条件です。

木曽川を二手に分けるこの山は多くの街道の交叉点

でもありました。

とても、重要な拠点として使われていたのでしょうね。

Magometumago076

妻籠の町が一望出来ます。

奥に見えるのは馬籠峠。。。

そのときはあの峠を越えることを甘く考えていた・・・。

その話はまた次の機会に

日が傾き始めたのですぐに下山しました。
Magometumago078

道なき道をかき分け・・・

なんだか麓にたどり着くまで落ち着きませんでした

険しい山道の横には崖があり、薄暗くなったらもう帰れなかったでしょう(T0T)
Magometumago079

しかも獣道だからどれが正しいのかわからないし…
きっと江戸時代に生まれていれば、

きっと旅の途中で行きだおれていたことでしょう(-_-)

今の時代の旅人でよかった・・・

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馬籠・妻籠をゆく 八:妻籠の町をあるく その3

Magometumago057

やや上ったところに瑠璃山高徳寺がありました。

1599年にはあったということなので、

桃山時代にはすでにあったのですね

すごい歴史です・・・。

Magometumago058 日本初の人力車があります。

よく知られている形ではなくて

籠に車がくっついたかんじですね。

牛車にも似てますね。。。

Magometumago059なんと樹齢250年のしだれ桜

島崎藤村も眺めたのでしょうか・・・。

Magometumago064_2 

昼になるにつれ、観光客も増えてきました。Magometumago068Magometumago069

奥にちゃんと、おひつがあるところが・・・

おひつの横にある箱には食器が入っていて

朝食はおのおの食べるスタイルだったそうです。

Magometumago065

木賃宿だった上嵯峨屋です。

木賃宿とは町人などが泊まった安い宿です。

本陣は誰でも泊まれる宿ではなく

大名や、幕府に関わる業務を行う時に使ういわば大使館のような役割でした。

脇本陣になると、一般の人も泊まれたようですが・・・。

木賃宿は、食事は自分もち(素泊まり)が基本でした。

コレだと船の二等船室のようでしきりもなさそうですね・・・。

女性には旅行しづらいコトだったでしょう

木賃宿よりもランクの高い宿泊施設は旅籠といわれ、

妻籠には、今でも旅籠が営業しています

Magometumago062

歩くと木曽川にたどり着きました。

妻籠は木曽川のそばにあります。

Magometumago063

耳を澄ますと、木曽川の流れる音が聞こえます。

木曽路には水の流れる音がいつもそばにあります。

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馬籠・妻籠をゆく 七:妻籠の町をあるく その2

枡形までやってきました。

Magometumago052

枡形とは、L字型に道を造ることによって、敵が勢いよく進入するのを防ぐ

足止めの役割を果たしています。

江戸時代大井川に橋を架けなかったことからも分かるとおり

西から攻め込まれるのを一番危惧していた幕府は

宿場町には必ず枡形を整えていたといわれています。

考えてみると、本陣も本来の意味は総大将がいる場所。

日本の宿場町は戦いの中から形成されていった一面も

あるのでしょうね

Magometumago051 この枡形あたりには昔の

庶民の建物が軒を連ねています。

Magometumago055 そんな中で

「にゃ~ん」と呼び止める声が

Magometumago053

ネコです

いや~んかわいい

ということで、そのままそこでお昼を・・・。

Magometumago054

キノコの炊き込みご飯に、ふきのとうの天ぷらにはるなの白和え、ずいこの煮物…など、ベジタリアンでかつボリュミーな内容となっております。

そして、苦い番茶を食後に飲む。
とても、日本的ですねぇ

Magometumago056

思えば遠くにきたもんだ・・・

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2008年4月17日 (木)

馬籠・妻籠をゆく 六:妻籠の町をあるく

さて、保存活動が活発な妻籠。

郵便局も

Magometumago046

郵便資料館になってしまいます。

しかも、ポストが・・・

このポストはちゃんと使えるんですよ。

Magometumago047

中にはいるとこんな感じ。

手前から3つめのポストは知っていました。

トイレと間違われたという話は有名だし、

府中の郷土の森で見ました。

が、さらに古いポストがあったとは・・・

しかも、撮影OKなのがすばらしい

東京などを歩いていると結構NGの場所があって

ブログで伝えることができないこともあるので・・・

Magometumago048

さらにうれしいのはあちこちにベンチがあること

ベンチで休みながらのんびり町を眺めることができるのです。

せわしい日常から遠く来たと思わせる瞬間です

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馬籠・妻籠をゆく 五:妻籠歴史散策

Magometumago037

いよいよ妻籠を散策開始です。

妻籠は全国に先駆けて建物の保存を行いました。

建物を

売らない、貸さない、壊さない

というスローガンの元に保存活動を行っています

古い建物に住み続けるというのはなかなか

できるコトじゃないですよね

住んでいる人の努力でこの街並みがあるのだと思いました。

Magometumago038

まず向かったのは、妻籠脇本陣跡である

南木曾博物館。

なんと、個人の所有を町が借り受けて管理しているそうです。

説明員が常駐していて、建物の説明を受けることができます。

英語の説明もありますから、海外の人も聞くことができますね

Magometumago039

なんといろりが実際に焚かれていました

いろりは暖房の役割と、建物をいぶして虫を寄せ付けない

効果があったのだとか。

たしかに、日本家屋って開けっ放しだから、

虫がやってくる心配がありますものね・・・

でも、いぶされたいろりのそばに座っていると

なんだか実際に住んでいるおうちにおじゃましているような

のどかな気分になってしまうから不思議です。

いろりは昔、家族の団らんの大事な場所だったそうです。

家族の身分(父、姑、お嫁さん、子供達など)によって

座る場所も決まっていたとか。

Magometumago040 ほとんどの場所に行けるのも

この建物の良いところ。

とにかく保存状況が良いのです。

この部屋は珍しい9畳のお部屋。

Magometumago041 残念ながら立ち入り禁止でしたが

隠し階段もありました。

主要な人間が泊まる宿の役割を

はたしていただけに、いろいろな秘密が

この建物にはありそうですね・・・

この建物は、島崎藤村の初恋に出てくるモデルとも

いわれているおふゆさんの嫁ぎ先。

島崎藤村の自筆の手紙や、詩が飾られていました。

過ぎ去ってしまった思い出・・・だけではなく、

友情のようなたしかな絆が二人の間にあったのでしょうね

次に向かったのは、妻籠の本陣。

本陣が一番上位の建物なのですが、

島崎藤村の実のお兄さんでもあった、最後の当主(島崎広助)が

東京に移り住んだため、取り壊されました。

今現在ある建物は江戸時代の間取り図を元に

忠実に再現したものだそうです。

この本陣は『夜明け前』で重要な舞台の一つです。

島崎藤村のお母さんの実家でもあるんですよね。

本を読んだ感想では、それほど大きな建物ではないと

勝手に思っていたのですが

Magometumago042

イヤイヤなかなかどうして立派な建物です。

本陣のみが正面の玄関の間をしつらえることができました。

Magometumago045 開放的な感じがしますね。

しかし、どうしてなかなか立派な調度品です。

ただの建物ならば殺風景なのでしょうけど・・・。

ちゃんと調度品などが置かれているあたり、雰囲気が出ていますよね。

Magometumago050

でも、こっちの方が落ち着く・・・。

Magometumago043

Magometumago050 中も、なかなかどうして立派です。

でも、何よりもすごいのはチリ一つ落ちていないということ

誰かが毎日念入りに掃除をしているということですよね。

すばらしいです

中には島崎藤村や島崎家のゆかりのものが

Magometumago044 漢詩を刺繍したものもありました。

「せんりぃぃぃぃぃぃ~

うぐいす ないてぇぇぇぇぇぇ~」

はっつい詩吟が・・・。

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2008年4月16日 (水)

馬籠・妻籠をゆく 四:妻籠に到着

ようやく妻籠につきました。着いた時には寒かったのに今では珠の汗をかくほどに(*_*;

Magometumago026 さっそく「鯉岩」がお出迎え。

鯉岩というのはその名の通り、鯉の形をした

岩だそうです。

Magometumago027

こんな感じの岩ということで

興味津々。

さぁいよいよご対面!

Magometumago028

え、ええと・・・

良く読み返してみると、残念ながら地震で倒れてしまったそうです。

でも、顔(特に口)のあたりは何となく分かりましたけど。。。

ううん。残念

Magometumago029

そんな横を通り抜けて

いくと

Magometumago031

口留番所がありました。

関所のようなもので厳しく取り締まっていたそうです。

今でいうと、入国審査みたいなものなのかな・・・?

Magometumago030

こんな感じで厳しく目を光らせていたのでしょうか・・・。

こんな時代だと即刻捕まっていそうですな。ワタシ・・・。

Magometumago032

なかなか、趣のある建物です。

このような木造建築はなかなか北海道では

お目にかからないので、新鮮な感じがしました。

Magometumago033 宿場町にはおなじみの高札場

今でいえば、街頭スクリーンのような

役割を果たしていたそうです。

ここではちゃんと高札もかかっていました。

Magometumago034 こんな感じでかかっていたんですね。

このように、旅人は

取り調べを受けたり、ニュースを

知ったりしたんですね。

さぁ、ここからいよいよ妻籠宿に入ります。

・・・が、ここまで来たところでおなかが空いてしまいました。

そういえば朝から何も食べていない・・・。

気づけばもう朝の9時を回っている!!

早速茶店で一休みです。
頼んだのは御幣餅(* ̄∇ ̄*)『夜明け前』にもでてきます
ご、ごまだれがうまい(≧∇≦)

Magometumago035_2

さらに、ところてんを頼んでしまいました。

ところてんに黒蜜派の私は
ところてんにごまだれの出逢いも素敵だった( ̄▽ ̄)=3

Magometumago036_2 そんなこんなで食した後、泊まる宿に
荷物を預けて遂に妻籠宿の中を
探検することにしたのでした。


探検記はまた次回 

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馬籠・妻籠をゆく 参:妻籠への道 その2

Magometumago018まだまだ、妻籠への道は続きます。

途中で、小さなほこらを見つけました

Magometumago017

かぶと観音です。

木曽義仲がほこらを建てたのが始まりだとか。

歴史では悪役になってしまうこともある木曽義仲ですが、

信州の人たちにとっては大事なヒーローなんですね

いまでも、そのいわれを大事に守っていく姿勢を感じました。

Magometumago019

途中で、良寛の歌碑がありました。

中山道は古くから多くの人に親しまれた通りなので

多くの人が作品を残し、また歌碑も多く残されています。

しかし、肝心の歌が・・・。

え、えーと

「この暮れの

 もの悲しきにわかくさの

 妻呼びたくて

 小牡鹿なくも」

・・・ううん。ナルホド・・・

勝手なイメージなのですが、東海道が東の空のような

明るいイメージに対して、中山道は沈みゆく

西の空のようなそのわびしさが、

センチメンタルな旅情を刺激するのかも・・・

Magometumago020_2 とはいえ、いまの木曽路は花盛りです。

いろいろな色が競っていて

素朴ながらも美しいですMagometumago024

Magometumago021 のどかな道を歩いていると

騒がしい日常を

忘れてしまいそうですね。

Magometumago022 Magometumago023 いよいよ妻籠までの道も半分以上進みました。

Magometumago025

妻籠はもうすぐそこ。。。

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2008年4月15日 (火)

馬籠・妻籠をゆく 弐:妻籠への道 その1

南木曾駅からまずは妻籠へ・・・。

Magometumago005

昨日までの雨がウソのように晴れ上がっています。

南木曾から妻籠への道は「歴史の道」と名付けられているように

中山道に沿って、昔の風景そのままに道が通っています。

Magometumago006

このように、途中途中で標識があるので、

方向音痴なワタシでも、道に迷うことはありませんでした。

このウォーキングコースに沿って出発!!

Magometumago007

・・・しかし荷物が多いな・・・。

Magometumago008 Magometumago009

しかし、そんな荷物の多さを

忘れてしまうかのような

桜の美しさでした。

桜は薄曇りの方が美しいと言いますが、

やっぱり、快晴の桜の方が好きです。

さて、この桜の木の奥には

Magometumago010

SL公園がありました。

線路の近くだから・・・?と思っていたら

Magometumago011 SLが展示してありました。

だからSL公園か・・・。

SLは北海道にいるときに乗りましたが、

前後に揺れるので、酔ってしまいました・・・。

でも、SLの汽笛ってなんとなく旅情がありますよね

さてSL公園を抜けるといよいよ中山道に入ります。

Magometumago015 切り立っている場所に

道ができていたりするので

このような看板が。

・・・しかしなぜ手書き?

Magometumago016 竹が豊富にあるためか

物干しだけに

ホンモノの竹を使っている家を

方々で見ました・・・すごいな

Magometumago014 道祖神も道の先々にあり、

古くから旅人が通っていた道なのだと

感じさせられます。

北海道にはない物なので

なんだかちょっと不思議な感じですが・・・。

Magometumago013 「分け入っても分け入っても山の中」

そう思われるようなうっそうとした

林の中にハイキングコースはあります。

Magometumago012

気分はすっかり旅人・・・。

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2008年4月13日 (日)

馬籠・妻籠をゆく 壱:まずは妻籠へ

ついに始まりました

『歴史と文学と名物を巡る馬籠・妻籠の旅』

馬籠は、文豪島崎藤村が生まれた場所で、
「夜明け前」や「嵐」などにも出てきます。
妻籠も島崎藤村にとても関わりの深い場所で
島崎藤村の母方の実家でもあり、
初恋の相手の嫁ぎ先でもあります。
さらに、昔の宿場町を残しているという
風情のあるたたずまいなのです。
一見、年配のための旅のようにみえて
実は過酷な2泊4日!

さらに馬籠峠を抜けるという旅程もハードなのにくわえて、
寒くて雨が降るという天候。

一体どんな旅になってしまうのか…

さて、格好なのですが、
今回は寝台列車なので、膝掛けを持参。
しかも、旅館もアメニティが心配なのでバスタオルを持参
としていくととんでもなく荷物が増え、
さらに、一眼レフデジカメ。
寒いので上着を着込み・・・。
Magometumago001 
となってしまいました。
コレが、後々悲劇を生むのであった・・・。
まずは品川からスタートです。
品川は、
東海道本線、
東海道新幹線、
山陽新幹線、
京浜東北線、
山手線、
横須賀・総武線が交差する 大きな駅です。 朝ぞろぞろと職場に向かっていく人の群れは
北海道に長年住んでいた人間にとっては圧巻です。 品川から乗るのは23時18分発「ムーンライトながら」
Magometumago002 夜行列車です。
始めて乗る夜行列車なのでちょっとドキドキ・・・。
青春18きっぷの発売期間には人が多いようなのですが
今回は、結構がらがら・・・。のびのび乗ることができました。
しかし。
寝台電車は何度か乗っているのですが・・・。
夜行列車に乗って気づいたコト。
それは
「これ、いつ顔を洗うんだ・・・?」
何度も、飛行機内で一泊というのは経験していたので、
電車で一泊というのもあまり深くは考えていなかったのですが、
飛行機と違って、何時までも明るいし、
しかも、不特定多数の人が乗り降りをする。
しかも、お客は酔ったサラリーマンか
不思議な一人旅の客がほとんど
(いや、ワタシもそうなのだけど)
安全面の事を考えても、爆睡というのはよろしくない。
結果、夜中に目が覚めて、適当なことを次のようにつらつらと
書いてしまった
***************
夜行列車でしばらく眠っていたものの、
静岡あたりで目が覚めた。 それでも、暫く寝ようとしたが何度寝ても、
列車は静岡から動こうとしない。

次第に目が覚めてきた。
置き引き注意のアナウンスや
そんな置き引きを見つけようと警察隊がプラットホームから睨み付けている。
そんな緊張感も、寝付けにくくさせたようだった。 仕方ないので眠るのは諦め、
それならばとプラットホームに降りて
ジュースでも買おうとしたときにようやく動き始めた。
結局、また1時間は電車の中に射ることになる。
もう、こうなったら東海道で有名な難所、大井川でも見ようと思った。 大井川は江戸時代、橋がかけられていなかったため、
自力か、誰かに背負われたりして渡らなければならなかった。
川が氾濫したものなら何日も手前の宿で足止めされることもあったらしい。 どうせなら、その大井川を見てみよう。そう思って、車窓の外を眺めていた。 しかし、見えるのは街灯とあっさりした家々である。

なんとなく、実家の近くあたりを走っているような気持ちになって落ち着かない。
藤枝にくるとますます薄暗く、街灯ばかりの道に、もう暫く見ていない風景 を思った。 時折見えるそっけない工場などもそれらを思い出させた。
街灯に故郷もなにもあるものか、と考えつつも、
ぼんやりとせずにいられなかった。 越すに越せぬ大井川 それより越せぬは陸奥の海

そんなことをうそぶいていたら、街灯がぱったりなくなった。 大井川に来たのだ。 外は真っ暗闇でなにも見えぬ。ただ橋脚が見え揺れるばかりである。
でも、大井川を越えていると、信じて疑わなかった。 あるものは荷物を頭にくくりつけて、あるものは背中にのり越えていった。
「易々と渡れない」からこそ、遠くに来たと実感する。 そしてまた頼りない道を歩いて行ったのだろう。 電車は浜松に着き、雨足はより強くなった。もうすぐ夜が明ける。 そう思いつつまた眠りに落ちていった。 目が覚めると、田の上にけあらしのような霧の風景が目の前に広がっていた。 今まで見たことのない不思議な風景だった。 雨はあがり爽やかな朝だ。 電車もいつの間にか、自由席になり、通勤客がのりはじめ、
電車のなかも爽やかな雰囲気が漂い始めた。 私は、金山で降りるための準備をいそいそと始めた。
正直、この文章を書きはじめたときは腰が痛く、
もう二度と夜行列車には乗らないなんて思っていたけど、
書き終わる頃には、面白かったかもなんて
思ってしまうから不思議。
さて、金山駅に降り立ちました。
東海道線、中央線、地下鉄、名鉄線の乗り換え駅で
かなり大きな駅です(* ̄∇ ̄*) 北海道にも同名の駅があるそうです。
もっとも北海道のは無人駅のようですが(`_´;) おりたつと、きりりと冷たい空気が出迎え。
思わず冬物の上着のボタンをきっちりつけました。 朝もやの渓谷の駅を越え、ようやく中津川駅に到着。 桜が満開です。美しい(* ̄∇ ̄*) ここからすぐに松本行きのワンマン列車に乗り換え。
そして、しばらく電車に乗っていると
Magometumago003 
ようやく妻籠の最寄り駅に着きました。
「南木曾」と書いて「なぎそ」と読みます
Magometumago004 
ようやくたどり着いた南木曽駅
でも、コレは長い長い歩みのほんの初めの一歩に過ぎなかったのだった・・・。

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2008年4月 6日 (日)

街道を歩く ~東海道編~ 品川

今回も、東京を歩いてきました。

腰痛なのに・・・。

おかげで、重い機材はもてず、今回は携帯カメラで

取ってきました・・・。画像が・・・。

そこまで行ってきてしまった場所!?

それは品川

2008040509490000 品川は

江戸の中にある

4つの宿場町の内の

一つです。

最近は再開発が

すすみ、駅も大きく

変わろうとしています。

今回はそんな品川の

昔ながらの風景を探しに

歩いてみました。

まず向かったのは、この港南口とは逆の高輪口より

北品川方面に歩いていくと

見えてきました

2008040511520000_3

御殿山庭園です。

ここは昔からの桜の名所で江戸時代の多くの絵師も

モチーフに選んでおります。

一面が全て桜!もきれいですが

このように、桜がちりばめられている風景も、のどかさと風情が

同居していてステキだと思いますが、いかがですか?

さらに少し戻り、八つ山橋を渡ると

2008040512100000_2 

品川神社の境内への階段が見えてきます。

隣には良く整備された階段があるので

ご安心を。

品川神社は東京十社の内の一つ

以前には日枝神社に参拝致しましたが

ここも、関ヶ原の戦いの必勝祈願として

徳川家康が参詣したということからも

ここの神社の歴史の長さを

感じさせます。

2008040512370000_2 鳥居も変わっていて、

龍が巻き付いています。

長い長い、境内への階段を上ると2008040512230000

そこは電車の音や

車のにぎわいとは

うってかわった

のどかで静かな世界が

広がっていました。

ちょうど結婚式が

執り行われていたようで

雅楽の音も聞こえてきます。

そして、この品川神社には

境外ではありますが、一風代わった物が・・・。

2008040512300000 板垣退助のお墓と

板垣退助の碑が裏にあります。

神社にどうしてお墓が?!

実はもともと神社のそばに高源院という

お寺があり、板垣退助はそこに

お墓を建てたいとの希望があったそうです。

その後高源院は移転されましたが、

お墓のみ本人の希望もあってか

残されたとのことです。

そのため、便宜上境内よりお墓に向かえるように品川神社では

裏道を作っています。

意外な偉人がここに眠っていました。

さて、先を急ぎましょう。

そこから京急線を越えて歩いていくと、そこは

2008040512490000 旧東海道。

昔ながら・・・なのですが、

どちらかといえば

昭和の香りが漂います・・・。

つまり、昭和の香りに反比例

するように江戸の香りは・・・。

でも、それが東京の歴史を

正しく反映しているのかも

しれませんね。

2008040513020000 しばらく歩くと

聖蹟公園が見えてきました。

聖蹟公園とは、

元々品川宿の本陣

今で言うと政府要人の

VIP御用達ホテルが

あった場所なのです。

明治天皇が行幸された

土地と言うことで

「聖蹟公園」と名付けられたとのことです。

今はわずかに門の柱や井戸、灯籠にその名残を

見つけるのみです。

この像は「聖蹟公園」にある「夜明けの像」

元々は二宮金次郎の像だったそうですが

もっと親しみやすいように新聞配達少年の像に

変わったそうです。

2008040513230000 さらにあるくと

品川橋にやってきました。

品川橋とは

日本橋から数えて4つめの橋

今ではこのように往年の往来を

忍べるように日本庭園風に

なっています。

品川の 歴史を流れる 花筏

2008040513360000_3   

さぞかし多くの人が行き交ったことなのでしょう。

品川。そこは最新の風景の陰でもひっそりとしたたかに

昔ながらの風景も確実に息づいているのでした。

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