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2008年10月 4日 (土)

日光街道をペタ歩き~吉原から千住宿まで~③竜泉を歩く

吉原からすぐ北が竜泉になります。

竜泉も、開発の波にもまれつつも、江戸時代からの風情を遺している所です。

まず、向かったのは、飛不動尊

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そして、竜泉は5千円札のモデルにもなった(樋口)一葉が

住んでいた場所としても知られています。

20081004036

わずか10か月の期間でしたが、「たけくらべ」などの

優れた作品が多く出たのは、当時の暮らしがあったからこそ。

わずか1年少しで多くの作品を書き上げた一葉。

中島敦でも思いましたが、名作を短期間でたくさん書き上げる

すごさには驚嘆です。

当時の女性の常識とは違う目標を持っていたため、

逆に女性を意識せざる得なかった一葉。

実は、現代のキャリアウーマンなどにも通じるのではとおもいます。

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コメント


今回の旅は一葉作品の舞台をめぐったのですね

天気もよく、秋風もふきすごしやすかったのではないでしょうか。

一葉記念館もきれいにうつっています

11月23日は一葉忌でありますが、毎年、一葉祭が開催されています。
今年ももちろんあります。

不肖ワタクシも行きたいと思います。

一葉は『たけくらべ』『にごりえ』『十三夜』『大つごもり』など一年ちょっとの間に立て続けに作品を世にだしました。

いわゆる『奇跡の14か月』と呼ばれる期間です。
『にごりえ』という作品を書く一方、子供たちの明るい声が聞こえてくる『たけくらべ』を執筆するところをみると、明暗双方の作品を同時執筆することで、心のバランスをとっていたのでありましょうね。

江戸から明治へのうつりかわりの中、作家という職業を意識して歩んだ一葉。

「われは女なりけるものを」と書かれた一葉日記には、より深い意味があると思いますが、当時、男性のものであった文壇で「生きた」一葉の歩みは現代の女性作家の礎をつくったものといえるかと思いますが・・・いかがでしょう

投稿: もりもり | 2008年10月 5日 (日) 07:51

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