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2011年3月

2011年3月28日 (月)

秩父ふたたび

週末は、秩父と川越に行ってきました。

川越では和菓子を買ったのは先述の通り。。。

秩父ではみそポテトを食べようと思ったのですが・・・。

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がらーんとしてました…。

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秩父も2回目なのですが、何度来ても不思議なところです。

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なんとなくタイムスリップしたような…

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パリではなくパリー。

しかも中華屋さんという。。。

さて、向かったのは

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秩父神社です。

いや、前回も来たのですが、暑さと虫にかまけてしまい

大事なものを見ずに帰ってしまったのです。

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子育ての虎です。

名工左甚五郎が作ったというもので、

世界遺産の日光でも「眠り猫」が有名ですよね…

秩父神社の文化的にも優れていることがわかります。

親の心得として

「乳児は肌を離すな 幼児には手を離すな

 子どもには目を離すな 若者には心を離すな」

と、書かれてありました。うーん・・・深い。

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日光の三猿は「見ざる 聞かざる 言わざる」ですが、

こちらの三猿は「見て聞き話そう」だそうです。

こちらの方が親近感を覚えます。

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北辰のフクロウです。

北を守っているフクロウは振り向いたような不思議なしぐさをしています。

「眠り猫」に通じるような写実的にもかかわらず

現実離れしているような不思議な感覚を受けます。

眠り猫と同じくとっても小さい…です。

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つなぎの竜です。

近くの池が反乱をおこすのはこの竜が暴れるから・・・と

何と、鎖で縛りつけているのです。

しかし、なるほどとても写実的で今にも動き出しそうですよね…。

少し緩んでいるのが気になりますが…。

もちろん絵馬などが売っているのですが、なんだか買う気が起きなかった…

絵馬ももちろん良くできているのですが、本物と比べると迫力が明らかに違うので・・・。

行くのが遠いからと言って行かないのはもったいない!

そう思える神社でした。

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2011年3月26日 (土)

お食事

今日は、久しぶりに晩酌…

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さつまいもは、生クリームでソテー。

ソーセージに添えているのは、ソーセージについていたハニーマスタードです。

甘いマスタードが日本にもあったんだ…。

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食後は桜餅。

桜はまだ咲いていませんね。。。

いつもよりも遅い春です。

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2011年3月22日 (火)

貧者の一灯

家計簿をしばらくにらめっこをして、

なんとかねん出した寄付金。。。

本日送金してきました。

(ヤツタネ

しかし、本当にわずかな金額…。

節電も頑張ってはいるものの、もともと一人暮らしで

あまり電力を使っていなかったので・・・。

もう、こうなったら気持ちを込めるしか!

と、いうことで神社に行ってきました。

(カミダノミ!)

この、神社は霊験あらたか。

お参りするたびに、仕事が決まるので、

個人的にとても頼りにしている神社です。

(ホントニ、カミダノミ・・・

と、お賽銭を入れて。

よろしくお願いします。

と柏手。

・・・む、隣に人の気配。

「…なんだかさ~、ジブンジブンって自分を出すと

 むしろ、良くないって話でしょ?

 それは、わかっているんだけどさ~。」

「縁結びのお守りを後で買うといいらしいよ。」

・・・し、集中できない…。

そうか…ここは、縁結びの神社…。

場違いだったか。。。

すごすごと去っていくのでした。

「お賽銭にいくら入れる?5円玉探しているんだけど、見つからなくって~」

「やっぱり、ご縁だから5円でしょ?」

いつまでも彼女たちの声が響いていたのでした…。

お守りを売っている場所に募金箱があったので、

小銭を入れると段ボールの音が…。

うーん。

確かに、ほかに募金をしているんだろうし、

お土産用に購入しているかもしれないから、何とも言えないけどね。

縁結びのお守りを結構な金額買っておいて寄付箱は無視って

どうなのかなってちょっと思ってしまった。

おみくじを引きました。えーと。

「短気をいましめて身をつつしみ」か・・・。

そうだ、オイラ結局小銭しか入れていないし、

そんなことを言える立場じゃなかった。

身を慎みます。。。

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2011年3月17日 (木)

じゃすてぃす

マイケル・サンデルの

「これからの正義の話をしよう」

読みました。

なかなか読みやすいと思いました。

そのまま網ですくいあげるような

時系列をある意味無視をした取り上げ方には衝撃でしたが、

いまだにリバタリアンがいる状態ではそれも意味があるのかも・・・。

昔、法律を勉強していたはしくれとしてはとても興味深かったです。

概念法学から戦後契約の安定性を優先してきたのは

哲学的な背景があったのだと改めて思いました。

いや、哲学が社会に反映されて変化しているのかも知れませんが…。

サンデル教授は『選択の自由は―公平な条件の下での選択の自由でさえ―正しい社会に適した基盤ではない』と結論付けています。

それでも、選択の自由を認めない社会と言うのはどういうものなのでしょうか。

たとえば、悪質商法に引っかかってしまった場合、

経済的にも情報的にも弱者である消費者を被害から守る必要があると思います。

しかし、選択の自由を認めないとすると

消費者が望んでいなくても被害から守ることができることができるということなのだと思います。

それは一見良い考えのように思います。

でも、たとえば大人になった息子に対していつまでも口をはさむ母親がよいのだろうか。

いまいち肯定的になれない自分もいます。

たとえ、時には不合理であっても本人が公正で、ちゃんと規制も働いている状況で選択しのであれば、責任を持つべきだと思います。

(ツメタイ?

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不謹慎と他人の不幸

最近、不謹慎と批判を浴びることが増えていると指摘している記事があった。

高級店でイタリアンを食べ、高いワインを飲んだと書いて批判されたり、

野球の試合を始めると決めて批判されたり。

外国人の被災に関する知識の欠如による批判は置いておくとして、

このような批判を受ける人は被災に対する本質的観点を知っているにも

かかわらず批判されているような気がする。

どうして、こんな批判を受けてしまうのか。

たとえば。

あなたが、足をねん挫して外科に行くとする。

名医の病院なので、すでに受付には大勢の人がいる。

あなたは痛みに耐えてじっと待つ。

いよいよ、自分の番が来たと思ったら、交通事故に遭った急病人が運ばれてきた。

出血多量で放っておくと命にかかわる。

この時、あなたはこの急病人に対して

「自分の番なのだから、自分より後ろで待っていてほしい。」

なんて、言えるだろうか。中には言える人もいるかもしれないが…。

ほとんどの人は瀕死の急病人のために順番を譲ることになるのではないのだろうか。

「生死にかかわる重病人のために、自分は我慢しなければならない」

と思うのではないだろうか。

ここで重要なのは、重病人がいるからと言って、あなたのねん挫が軽くなるわけでも

治るわけでもないということである。

自分自身に、「もっと深刻な人がいるのだから」と言い聞かせたところで

自分のねん挫には全く関係がないのである。

だから、それを見た付き指をした人が、

「その人に順番を譲るのならば、私に代わってほしい。」

なんて言われたら、あなたはきっと怒るに違いない。

それは、良くなったわけではなくて、我慢しているのに過ぎないのだから。

それは身体のみならず精神でも同じことが言えるのではないだろうか。

私たちも知らず知らずにストレスを受けている。

それは、いつもと違う生活であったり、予定が全く立てられなかったり。

その時には

「もっと苦労をしている人がいる。」

と自分に言い聞かせる。

でも、それはストレスが消えたわけではない。

心が傷つき、ストレスが解消されているわけではないから

あるきっかけで、他者を攻撃してしまう。

そうならないためには、

自分の状況を見極める。

つまり他人が受けた出来事と自分の経験は分けて考える、

まずは自分がどれだけストレスをためているのか、自分自身の状況を知ることが必要。

そのうえで自分ができることを考えることが必要だと思う。

そのうえで、考えてみると

高級レストランでワインを飲んだという書き込み、

確かに買いだめなどのように、積極的に混乱を起こしたり社会に迷惑をかけているわけではない。

それでも、それをわざわざ表現することはどうだったのだろうか。

読んでいるほとんどの人が傷ついていることに対して無関心であったからではないだろうか。

また、野球を始めるという宣言も戦後間もない状況と比べているようだけど、

大きな思想と産業の喪失により目的を見失った時代と比べるのはどうなのだろうか。

明日どこに行けばよいのかわからないのではなく、

明日行きたい場所にたどりつけないこの状況では

目的を見出させるどころか、足を引っ張る状況になりかねない。

何をするべきかを完全に見誤っているとしか思えない。

だから、今表現をするのはちゃんと自分の状況を良くわかっていないと大変なことになってしまうと思う。

(コノカキコミモジヤナイ?!

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2011年3月11日 (金)

酒のあて


昨日、飲み会がありまして、
なぜかオイラの好きなタイプの話しに(;つД`)


うーん(´-ω-`)

「来るもの拒まず、去るもの追わず」だから、

特にないのですが…
(ウソツキ)


芸能人でカッコいいなぁと思う人は
そりゃいますよ。

えっと…あの朝ドラに出ていた向井…さん。
(ナマエガデテコナイ)

「鹿男あをによし」にでていた…さんとか。
(ミヨウジスラデテコナイ)

自分にない、スラッとしてシュッとしているところに
惹かれているかもしれません。
(ナイモノネダリ)

でも、実は

ナイナイのオカムラさん

好きですねー(ノ∇≦*)
(ソウナノ?)


なんだか、懸命な感じが応援したくなるんです。


応援したくなる人がよいということか…


こんなことを考えながら春は過ぎていく…

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2011年3月 9日 (水)

お茶をたしなむ

お茶をたしなむ
コーヒーの値上がりという悲しいニュースがありました( ´△`)

そんなこともあり、今年はお茶を学ぼうと思ってます( ´艸`)

それも煎茶(ノ∇≦*)

どうしても、紅茶よりも香りが薄く
あっさりしていると思われてしまうお茶。

でも、以前狭山に行ったときに考えを改めさせられました(゜Д゜;)

淹れ方を変えることによって味や香りが大きく変わるのです。

しかし、お茶を淹れるには道具が必要。
そんなこともあり、控えていたのですが…(´-ω-`)

今回、思いきってお茶を楽しもうと
押し入れからとりあえず急須と茶碗を出しました。

なかなかかわいらしい萩焼(*´∀`)♪
水に浸して香りを抜きます。

さて、次は茶托と湯冷ましか…。
じっくり探そうと思います。

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2011年3月 7日 (月)

回復と不調

季節の変わり目で腰痛になり関節痛になり…

ようやく回復しました。

が、今度は長年連れ添ったプリンターが…

ガガガガガガと音を立てるようになりました。

札幌から連れ添った数少ない家電製品ですがいよいよ。。。。

次はファックス付きの複合機を買おうかと思っています。

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