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2013年12月

2013年12月31日 (火)

年末年始は読書三昧~ハンナ・アレントの政治理論~

大みそかだろうと、本を読みあさっています。

イジツパリダネエ

今回読んだのは、

川崎修『ハンナ・アレントの政治理論 アレント論集I』

です。

アレントは、活動を分離して考察をしています。

たとえば、活動的生活を「労働」、「仕事」、「活動」に分けて考察しています。

現代社会に立ってみると、「労働」と「仕事」の分離というものはものすごく難しい。

でも、その辺りが分離できなければ、一部の経営者の横暴な理論を止めることができないのかもしれません。

「活動」は、一度開始されると、その活動を始めた当の本人のコントロールができないのは、

インターネット上にまつわる様々なトラブルが物語っているような気がします。

自己責任であると片づけがちですが、人の行動は不可逆性と不可予言性があるのも

アレントの指摘の通り。

不可逆性には「許し」を、不可予言性には「約束」によって克服されるとしていますが、

約束はともかく、許しはどのように客観性を持たせるのかは

クレームの問題を考えてみても、とても難しいように思いました。

精神の生活(著者はあえて「観照的生活」としていません。)では、「思考」「意志」「判断」をあげています。

アレントは、ハイデガーの弟子にあたる人なのですが、

ハイデガーの時間の考察を政治思想に取り入れています。

人は時間から離れて思考し、

過去の出来事を判断し、

未来に対して意志を持って活動すると指摘しているのです。

ギリシア哲学に意志がないというアレントの指摘は、新鮮でした。

ある命令に対して、自発的に従うことも従わぬこともできるという精神の内的葛藤を

自覚したパウロによって「発見」されたと指摘されているのです。

ということは、意志という考えの中にすでにキリスト教が内包されているということになります。。。

また、社会が私的なものへと侵入しているのは「私有財産」の喪失であるという指摘します。

消費契約は契約が社会化していると指摘されて久しいのですが、その背景に私有財産の喪失があると考えるとは…。

消費者の最も大きな財産は住宅になるのでしょうが、住宅ローンを払っている間、

厳密にいえばその財産は銀行=国家(政策)ともいえ、アレントの指摘にうなずける部分もあるのです。

アレントは、「権力」と「暴力」も分離して検討します。

権力は、共同体としての力であるとしますが、暴力は、物や人の固有の性質であると分けています。

そして、暴力は権力を破壊しても、権力を生み出すことはできない。権力には正当性が必要であるとされています。

また、革命は、暴力によって制圧されるのではなく、政府側の暴力が作動しなくなることによって成功といえると指摘しています。

アレントの理論によれば、中東において、エジプトでは成功したにもかかわらず、リビアでは成功しないのは、

政府側の暴力がいまだ停止していないからであるといえそうです。

しかし、暴力によって守っているはずの権力の低下を招いているとするならば、皮肉な話です。

アレントは「共通認識」を持ち出します。

そして、全世界まで共同体を広げることができるのならば「共通認識」もより正当性をもったものであろうと。

しかし、共同体がいつも正しい認識を持つとは限りません。

いじめの問題をあげるまでもなく、共同体にマイノリティが圧迫されるのは歴史が証明しています。

アレントは、その部分を芸術の「美」で克服しようとしますが、皮肉にも現代芸術においてこそ「美」は多様化しつつあると考えられるのではないのでしょうか。

とはいえ、「近代市民社会」という理想論に逃げることがなく、現実を冷徹に見据えて分離し概念化したアレントの功績は

とくにアメリカの政治学においてしっかりと根を張っていると考えられるのです。

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2013年12月28日 (土)

年末年始は読書三昧~ザ・フェデラリスト~

年末年始は9連休にもかかわらず、遠くに行けず

ムダヅカイノスエ・・・

そのため、図書館で本を借りまくって、読書三昧に過ごすことにしました。

リーズナブル、デスナ

まずは、

A.ハミルトン、J.ジェイ、J.マディソン『ザ・フェデラリスト』

(岩波文庫・1999年)です。

アメリカの独立戦争後、13州が合衆国としてまとまっていくべきであるとして

ニューヨーク邦(州)に向けて発表された論文集。

アメリカ合衆国の国の成り立ちを知ることができます。

前半は、連邦国家(合衆国)の必要性。

後半は、連邦共和国としてどうあるべきかということが書かれています。

三権分立を主張したのはモンテスキューでしたが、

その3部門が相互に憲法上のよく政権を行使できるように、

それぞれの独立を守りながら互いにけん制しあうべきであると主張したのでした。

もう一つは、権力の不正から守るためには、社会の中に非常に

多くの相違なる市民を包含することを主張しています。

つまり、全体主義は不正をはびこらせる原因になるとされたのです。

日本国憲法における、三権分立や信条の自由はここに根拠があるのですね。

しかし、「日本とアメリカは価値観が一致している」というのは違うように思うのです。

それは、前半における連邦結果の必要性。

小さな共同体を集めて大きな連合体を作ることによって、

国際法の遵守にも外国からの防御にも役立ちより広い資源を利用できるとされています。

共同体の独自性を損なわずに、連邦国家を構築することによって

より、人民の生活を守ることができると主張されているのです。

また、防衛はある州に任せるのではなく、

国全体の安全のために合衆国が負担するべきであるということが

明確になっているのです。

たとえ、国の辺境地であっても、そこが攻撃されたら

国全体で犠牲を払いながらでも守っていく。

日本では、さまざまな防衛上の問題を抱えていますが、

国全体、とくに中枢部が(税金以外で)犠牲を払えるのか。

また、日本が外国である限り、アメリカと利害関係が一致しうることが

本当にありうるのか。

これは、共和国として理性的な論理から人造的に生み出してきた国と、

連続した文化の中で作り上げてきた国とのそれぞれの特異性であり、

埋められない溝のようなものを感じてしまうのです。

とはいえ、論文のようにアメリカ合衆国が歩んでいるかといえばそうではなく、

2大政党制とか、ロビイストの存在は、到底予知し得なかったと思うのですよね。

本書で取り上げられている、「公共の善」や「正義」の現在における意義については、

現在の政治哲学者の論考が必要になってくるところです。

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2013年12月20日 (金)

久しぶりにアリストテレス『ニコマコス倫理学』を読んでみる

久しぶりに、というか10年ぶりにアリストテレスを読んでみた。

いろいろ探したんだけど、結局岩波新書しかなくて、
文語体を泣きながら読んだことを思い出す。

また、プラトンの『饗宴』は電車の中で読んでいて、
ちょうど少年愛のくだりを近くのおばさんに盗み読まれてしまい、

冷やかな視線を受けたこともあったっけなー

(ヒドイゼ

閑話休題。

久しぶりのアリストテレスは当時よりもずっと読みやすいと思ったよ。

アリストテレスが主張するのは「親愛」の精神。

翻訳によっては「友愛」だったりするんだけど。

日本では、某元首相のおかげで単語だけが一人歩きをしてしまったけど。

アリストテレスは、親しい人がいるからこそ人は生きていくと論じていく。

親しい知人や家族のように接することに善く生きていくことのヒントがあるという。

孤独を抱える人が増えてきた現代社会において、親愛の情を抱き続けるってことは難しい。

それでも、ヒトが社会的な生き物である以上、人と向き合っていかないといけないのだけどね。

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2013年12月12日 (木)

マイケル・エドワーズ『「市民社会」とは何か 21世紀のより善い世界を求めて』

久しぶりに、本を読みました。
マイケル・エドワーズ『「市民社会」とは何か』
…もちろん翻訳版。

1989年のベルリンの壁崩壊をきっかけにして
理想郷のように東欧に大きな影響を与えた市民社会。
そして、いま中東にもおおきな影響を与えています。

その市民社会についていて分かりやすく解説。
忘れがちですが、アリストテレスから市民社会について言及しています。
しかし、奴隷を正当化していた時代の概念とは大きく変化しているわけで。
それを時系列に説明をしています。

近年、大きく取り上げられているNGOを始めとした団体活動としての市民社会。
善い社会としての市民社会。
さらに「公共圏」という国などに左右されず、
意見を述べることができる場としての市民社会。

それらの3点のアプローチから市民社会を探っています。
善い社会という言葉にアメリカの楽観主義を感じてしまったりするのですが。
時折ネット上で語られる、
団体活動が手数料をとっていると批判的にみられてしまう件とか
マスコミに対して批判的に語られてしまう件とかの
思考に迫ることができるのではないかと思ったのですよ。

日本の場合は言葉だけが蔓延してしまい、感情に任せて使ってしまうだけで
理性的に掘り下げられないことが多いことが残念ですが。

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