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2015年8月14日 (金)

小幌駅廃駅に思う

小幌駅が廃駅になるというニュースを目にした。

小幌駅をみると、すでに亡くなった祖父を

思い出さずにいられない。

なぜなら、小幌駅は60数年前、

祖父が駅長生活をスタートしたところだからだ。

小幌駅の廃駅とともに

祖父の思い出が消えてしまいそうに感じるから

当時小学生だった父から聞いた話を

ここに書き留めておきたいと思う。

○当時の小幌駅

当時は、もちろん有人駅だった小幌駅。

駅長、助役を合わせて7名ほどいたという。

むろんここには官舎がないので、

近隣の駅から通っていた。

祖父はここに2年半ほど在籍していたらしい。

そこで、祖母は戦後間もないこともあり畑を作ったり、

曽祖父は鉄砲でカモをうとうとしたり…。

(ホントハダメナコトダトオモウ

○小幌駅の周辺

「どうしてこんなところに、駅があるの?」という問いを

よくインターネット上にみられるので、父にぶつけてみた。

すると、

「え、当時は集落があったけど・・・。」

との答え。

当時は海辺に20人ほどの漁村があり、

そこでとれた魚を運んでいたらしい。

そこはがけ下にある海辺の町。

住民は危険と隣り合わせな生活であった。

例えば・・・。

トンネルを通っているときに電車にひかれたり

崖から落ちて亡くなったり

(ウミハ、カンケイナインカイ!

そのために海に続く道に階段を作ったそうです。

○そんな小幌駅で祖父はイベントをした

漁村のおかげで今よりも乗降があった小幌駅。

しかしあとは、魚を釣りに来る人ぐらいで・・・。

もっと人を呼びたい!と思った祖父。

イベントを起こすことにした。

人が来ないことを逆に売りにして、

海の美しさを売り込みながら、お祭りをしたのである。

結果は、大成功

・・・というか。

人が集まりすぎてしまった。

枕木で作ったプラットフォームが人を支えきれず

壊れてしまったのだ。

そして、父の妹が線路の下へ!

そのとき、特急列車が!!!

・・・。

・・・・・・。

大丈夫♪叔母は生きてますよ♪

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