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2017年3月 9日 (木)

思い立ったが発願めざせ結願 3安養院田代寺

さて、次に逗子からバスに乗り、逗子リビエラを横目に

向かったのは、安養院田代寺です。
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長い名前ですが、二つの寺院が一つになったため、
現在の名前になったのだとか。
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安養院は、源頼朝の妻北条政子の法名です。
源頼朝の菩提をともらうために建てたお寺が前身なのだとか。
ということで、本来は田代寺が札所であったのだとおもわれます。
ツツジの名所で有名なのですが、ツツジの時期ではないので
人もまばら。
でも、北条政子ゆかりの寺のため良縁にあやかって
カップルの姿が見られました。
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ラカンマキの大木はとても立派です。
尊観上人手植えのであると伝えられています。
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その尊観商人の供養塔と伝わる宝篋印塔が本堂の裏手にあります。
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関東様式の宝篋印塔としては最古のものなのだそうです。
あのラカンマキがあの大きさになるまで
大事に伝えられていたのかと思うと、
時を超えて伝えようとする人の思いを感じます。
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その隣には、北条政子と伝わる供養塔がひっそりと建っています。
やはり、源頼朝の時代では西国と東国とでは習俗なども全く理解しえないほど
異なっていたと思われます。
そんな時代に、西国出身の源頼朝を盛り立て
西国の朝廷に認めさせながらも東国をまとめていった北条政子こそ
鎌倉幕府の立役者だったのではないかと思います。

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